西欧式思考法の勝利 ― 2007年08月19日
グローバリゼーションが世界中で認知されたことは、西欧式思考法の優位が納得されたということ。言い換えれば、西洋ビジネスビジネスモデルの成功である。
日本が明治期に欧化政策を採って以来、それでも日本独自の道を模索してきたが、ついに軍門に下ったということ。
小泉、竹中両氏の改革路線選択は日本の政治からその独自性(官僚支配)を捨てることを国民が決心したということを意味する。
となれば、先ず、その西欧式思考法を国民がマスターしなくてはならない。
小泉、竹中の両氏だけでなく、当然、高級官僚、企業のエリートたちはこの思考法に長けている。有名大学の学士号とは、この西欧式思考法の獲得に他ならない。
従って、ポスト小泉で教育が政治の核心的課題となったことも当然である。こうなれば、人より先に、この西欧式思考法を身につけないと落ちこぼれる。
安倍氏は頓珍漢なことをやっているが、旧来政治の本家筋だから、無理もない。日本は西欧との普遍的価値観を共有していると彼は言うが、その価値観が何たるかを把握してはいない。西洋式思考法の真髄を会得していない。『美しい国へ』を読めば誰でもすぐ判る。
西欧式思考法ないし生活法とは、一言でいえば、論理を貫くことと、契約を結ぶことが出来ることである。勿論、私的所有の意味を理解した上での契約である。
これまで、日本人はなんとか頑張って、この論理無視と契約無視で乗り切ろうとしてきたが、限界が来たようだ。高級官僚や企業エリートはこの魔法の杖が誰にでも行き渡ることを怖れてきた。自分たちの支配原理と方法があからさまになることを嫌ってきた。
では、何が原因で、論理無視と契約無視が広がっていたのか?
論理無視は数学教育の目的欠如がもたらしたもの。アリストテレスの形式論理学によって、物事を明確にし、概念を展開することが出来るようになる。科学の方法が確立した訳だ。論理学を使いこなすとは、同一律、矛盾律、排中律、この3つが説明できるようになればよい。 (小室直樹『数学嫌いな人のための数学』 p84-87 東洋経済)
契約無視は諸教混交による無信仰がもたらしたもの。キリスト教における契約とは自分が選んだ神との唯一の契約であり、あいまいにすることができないもの。その信仰生活の中で培われた契約への信頼が、経済生活における契約重視の姿勢を生む。諸教混交では唯一の契約というわけにはゆかない。
日本社会特有の無規範では契約どころではない。問題発生時には誠意をもって処理することが日本の契約では常套手段だが、西欧の契約にはそんな文言は見ることはできない。契約不履行の際のペナルティーははっきり書きこまれる。
当面、この西欧式思考法が全世界を覆い尽くすだろう。日本国民もその思考法に一刻も早く慣れないと日本は埋没する。自壊する。
現代資本主義社会を賢く泳ぎ抜くには、西欧式思考法は必要条件である。だが、十分条件ではない。この思考法の問題点を指摘するにも、先ず、それを使いこなさなくてはならぬ。国民全体が使いこなすことが求められる。
彼を知り己れを知らば百戦危うからず(孫子の兵法)はけだし名言である。
しばらくはやむを得ない。日本人は体に染みついた日本式思考法を封印しよう。
日本が明治期に欧化政策を採って以来、それでも日本独自の道を模索してきたが、ついに軍門に下ったということ。
小泉、竹中両氏の改革路線選択は日本の政治からその独自性(官僚支配)を捨てることを国民が決心したということを意味する。
となれば、先ず、その西欧式思考法を国民がマスターしなくてはならない。
小泉、竹中の両氏だけでなく、当然、高級官僚、企業のエリートたちはこの思考法に長けている。有名大学の学士号とは、この西欧式思考法の獲得に他ならない。
従って、ポスト小泉で教育が政治の核心的課題となったことも当然である。こうなれば、人より先に、この西欧式思考法を身につけないと落ちこぼれる。
安倍氏は頓珍漢なことをやっているが、旧来政治の本家筋だから、無理もない。日本は西欧との普遍的価値観を共有していると彼は言うが、その価値観が何たるかを把握してはいない。西洋式思考法の真髄を会得していない。『美しい国へ』を読めば誰でもすぐ判る。
西欧式思考法ないし生活法とは、一言でいえば、論理を貫くことと、契約を結ぶことが出来ることである。勿論、私的所有の意味を理解した上での契約である。
これまで、日本人はなんとか頑張って、この論理無視と契約無視で乗り切ろうとしてきたが、限界が来たようだ。高級官僚や企業エリートはこの魔法の杖が誰にでも行き渡ることを怖れてきた。自分たちの支配原理と方法があからさまになることを嫌ってきた。
では、何が原因で、論理無視と契約無視が広がっていたのか?
論理無視は数学教育の目的欠如がもたらしたもの。アリストテレスの形式論理学によって、物事を明確にし、概念を展開することが出来るようになる。科学の方法が確立した訳だ。論理学を使いこなすとは、同一律、矛盾律、排中律、この3つが説明できるようになればよい。 (小室直樹『数学嫌いな人のための数学』 p84-87 東洋経済)
契約無視は諸教混交による無信仰がもたらしたもの。キリスト教における契約とは自分が選んだ神との唯一の契約であり、あいまいにすることができないもの。その信仰生活の中で培われた契約への信頼が、経済生活における契約重視の姿勢を生む。諸教混交では唯一の契約というわけにはゆかない。
日本社会特有の無規範では契約どころではない。問題発生時には誠意をもって処理することが日本の契約では常套手段だが、西欧の契約にはそんな文言は見ることはできない。契約不履行の際のペナルティーははっきり書きこまれる。
当面、この西欧式思考法が全世界を覆い尽くすだろう。日本国民もその思考法に一刻も早く慣れないと日本は埋没する。自壊する。
現代資本主義社会を賢く泳ぎ抜くには、西欧式思考法は必要条件である。だが、十分条件ではない。この思考法の問題点を指摘するにも、先ず、それを使いこなさなくてはならぬ。国民全体が使いこなすことが求められる。
彼を知り己れを知らば百戦危うからず(孫子の兵法)はけだし名言である。
しばらくはやむを得ない。日本人は体に染みついた日本式思考法を封印しよう。